「心より心に伝ふる花」を目指して
「鉢木」の舞台展開
ここでは「鉢木」を9つの場面に分け紹介します。
写真 平成28年 朋之会 シテ武田尚浩
撮影 前島吉裕
1、旅僧(ワキ)の登場
囃子方、地謡が座付くと、妻(ツレ)が登場します。
その後、次第という囃子に合わせ、旅僧が登場します。あまりに雪が深くなってきたので、鎌倉へ戻る事にし、途中上野国佐野(群馬県)の辺りに差し掛かります。雪がまた降って来たので、一軒の家に宿を借りることにし、案内を乞います。妻(ツレ)が応対しますが、あいにくその家の主人は留守なので返事が出来ないと断られてしまいます。僧は主人が帰るまで待たせてもらうこととし、妻(ツレ)は家の外で夫の帰りを待ちます。
2、主人(シテ)の帰宅
主人が大雪を眺め、侘しい暮らしを嘆きながら、帰宅します。妻と旅僧に会いますが、主人は夫婦すら食べ物に困る生活をしているのでと宿を断ります。旅僧は肩を落として雪の中を旅立ちますが、妻の助言を受け僧を追いかけ、自宅に案内します。
3、夕食
夫婦は恥じながらも粟飯を出して、僧をもてなします。
4、薪の段
夜が更け寒くなったので、主人は大事にしていた、梅、桜、松の三本の鉢木を切り、火にくべることにします。
特にこの部分の地謡は「薪の段」と呼び、独立して謡う程名文とされます。
5、主人、名乗る
旅僧は、主人が名のある人だっただろうと推察し、名を尋ねます。主人は恥ずかしながらも、佐野源左衛門常世であると名乗り、一族に所領を横領されてしまっているが、鎌倉への忠義の心は失っていないと述べます。
6、旅立ち
やがて夜が明け、夫婦が引き留めながらも、雪が降る中、旅僧は旅立ちます。
7、関東八洲の武士に命が下る
関東八洲の武士達に鎌倉へ参集するよう命令が下り、下人(間狂言)が各国を回り、伝令を下します。
8、常世(後シテ)鎌倉へ上る
一声という登場の音楽に合わせ、旅僧(後ワキ)は装束を調え、登場します。旅僧は執権北条時頼だったのです。時頼が座に付くと、引き続き早笛という登場の音楽に合わせ、常世(後シテ)が登場します。鎌倉に到着すると、下人により、時頼の御前に出るように言われます。周りの武士に錆びた長刀、千切れた鎧を笑われながら、御前に参上します。
9、書状を頂く
参上した常世に、時頼はあの日の旅僧こそ自分だと身分を明かし、常世の心を確かめる為に今回の命令を下したと言います。時頼は雪の日のもてなしを感謝し、忠義を守った常世を誉め、本領安堵と火にくべた梅、桜、松にちなんだ三領地を追加して与えると命令を下し、自筆の書状を授けます。常世は大変喜び、佐野へ帰郷します。
●ひとこと解説
能には大きく二種類あり、霊や花木の精などが登場する夢幻能と、登場人物が全員生きていて劇中の時間軸が狂わない能を現在能とあります。「鉢木」は鎌倉の武士の誇りとドラマチックなストーリーに胸を打たれる現在物の屈指の名曲です。しかしながら、江戸中期の紀州藩の能役者・徳田隣忠が書いた『隣忠秘抄』には「鉢木」について、現在能の特徴として能面を使わない素顔をさらすということは、〈役者の地〉の部分が出てしまう事を指摘し、役者の平生が大事であると述べます。そして「下手未熟の芸者、慎みあるべき能なり。人の許さぬ芸にて、己が自慢する芸者、鉢木を致さば恥ずかしき事なり。」と述べています。もう一つの特徴として、二五〇曲の現行曲の中でも「鉢木」は台詞の量も非常に多く、シテもワキも「謡の高い技術」が求められ、話術の限りを尽くして演じなければなりません。