「心より心に伝ふる花」を目指して
「紅葉狩」の舞台展開
ここでは「紅葉狩」を5つの場面に分け紹介します。
写真 平成21年 観世会定期能 シテ武田尚浩
撮影 前島吉裕
1、高貴な女達(シテ・ツレ)と下女(アイ)の登場
囃子方・地謡が座つくと、舞台中央奥に、一畳台・紅葉を載せた山の作り物が置かれ、舞台が紅葉美しい山中であることを象徴します。
次第の登場音楽により、シテを先頭に四人の高貴な女性と下女(アイ狂言)が登場します。四人は立ち並び、美しい紅葉を眺め、秋を楽しむ謡を謡います。
2、平維茂一行(ワキ・ワキツレ)の登場
次に一声という登場音楽が囃され、平維茂一行が登場します。維茂は鹿狩を楽しむ謡を謡い、紅葉狩をしている女性達を見つけ、郎等(ワキツレ)にどのような女性達か様子を見てくるように命じます。郎等は下女に素性を尋ねますが、教えて貰えません。維茂はこのような田舎で誰だろうかと不審に思いながらも、宴席の邪魔をしないよう馬を降りて通りすぎることにします。
3、宴席
女性(シテ)はそのような維茂を見つけ、ぜひご一緒にと誘います。維茂もこの世の者とも思えない美しい女性の誘いに心惹かれて、酌のままにお酒を飲みます。女性は舞いを舞って維茂をもてなしますが、そのうちに維茂が寝てしまいます。維茂が寝るのを見るや、女性は舞いを早め、山の中に消えます。
4、武内神(アイ)の登場
維茂の夢に武内神が登場し、先程の女性達は戸隠山の鬼であり、霊剣を以て退治するようにと八幡神からのお告げあったと述べ、維茂に伝え、枕元に刀を置き、消えます。
5、鬼との戦い
維茂が夢から目覚めると、女性達は消えており、山の中から鬼(後シテ)が登場します。鬼は維茂を威嚇し、食べてしまおうとしますが、維茂は霊剣を抜いて応戦します。維茂の武術と霊剣の神通力に恐れて、逃げようとする鬼を引きずりおろし、首をはねて退治します。
●ひとこと解説
「紅葉狩」はストーリーの分かりやすさ、派手さから現在も一年に何回も上演される人気曲です。能を初めてご覧になる方にもとてもおすすめの一曲と言えます。明治時代には河竹黙阿弥が歌舞伎に仕立て、市川団十郎が歌舞伎新十八番に指定したほどです。
「紅葉狩」の作者は音阿弥の七男で観世小次郎信光です。音阿弥が世阿弥の甥にあたるので信光は世阿弥の孫の世代にあたります。この頃の能楽は世阿弥の頃と大きく異なり、取り巻く環境は厳しく、応仁の乱が勃発し、将軍や大名、公家達が権力争いの為、能を優雅に鑑賞する時代ではなくなり、観世座も四代目又三郎が早世し、四代目の息子が幼い事情から弟の之重(信光の兄)が五代目になり一座を率いていました。信光は太鼓やワキを勤め、時代にあう新曲を作曲して兄を支えたようです。そのような中で作曲されたのが「紅葉狩」でした。その為、世阿弥の作風とは異なり、題材も一般にも分かりやすく、見た目も派手で、どの登場人物にも見せ場のあることなどが信光作品の大きな特徴です。