「心より心に伝ふる花」を目指して
「嵐山」の舞台展開
ここでは「嵐山」を5つの場面に分け紹介します。
写真 平成17年 研究会 シテ武田尚浩
撮影 前島吉裕
1、勅使一行の登場
地謡が着座すると一畳台に桜の立木が立てられた作り物が正面前方に置かれる。
真ノ次第という華やかな登場音楽によって時の帝に仕える臣下一行(ワキ・ワキツレ)が登場し、大和国吉野から都の嵐山に移植した桜の様子を見てくるようにとの勅命を受け、嵐山へと向かう旨を語る。
2、花守の老夫婦の登場
嵐山に着いた一行が桜を愛でていると、真ノ一声という重厚な登場音楽によって花守の老夫婦(前シテ・前ツレ)が一面の桜の美しさを謡いながら登場し、桜に向かって礼拝をする。
3、 勅使と花守の問答
不審に思った勅使が花守に理由を尋ねると、これは吉野山の御神木の千本の桜を移植した大変ありがたい桜で、吉野山の神の子守明神と勝手明神が影向する木であると教える。さらにこの山は「嵐山」と呼ばれるが、桜は吉野山の神力に守られているので、風に散らされてしまうことはないと教え、自分達こそ子守明神と勝手明神の二柱であると明かし、「夜の間を待たせ給ふべし」と雲に乗り消えて行く。
4、末社の神の登場
蔵王権現の末社の神(間狂言)が現れ、千本の桜の由来を語り、寿ぎの舞を舞って消える。
5、勝手・子守明神と蔵王権現の登場
勝手・子守明神(後ツレ)が桜の花を手に現れ、颯爽と舞を舞う。勅使があまりの事に感動していると、南の方より瑞雲(ずいうん)がたなびき、金色の輝きの中より蔵王権現(後シテ)が現れる。蔵王権現は衆生に交わり、その苦しみを助け、煩悩を祓い、魔障降伏の憤怒の形相を見せて国土を守る誓いを表す。そして子守・勝手明神が蔵王権現と同一体であると示し、嵐山の花にたわむれ、春の盛りを寿ぐ。
●ひとこと解説
「嵐山」は爛漫の桜が主題の曲で、随所に花の美しさや春の長閑さの趣がありながらも、脇能的な強さや爽やかさが感じられる曲です。
「嵐山」は金春禅鳳作といわれ、永正二年(一五〇五年)の粟田口勧進猿楽で金春禅鳳が勤めたのが初演とされています。この粟田口勧進猿楽は円満井座(金春座)の京都進出の足掛かりとなる一大興行で、「嵐山」はその初日の初番の演目であったので、華やかでわかりやすい舞台を目指した彼の自信作と考えられます。その点から「嵐山」のあらすじを考えると、京都の桜の名所である嵐山に本場の奈良の吉野山の桜の神が来迎するという内容は、当時の流行の芸能が栄えていた京都に本場の奈良の猿楽円満井座の芸能がやってきたという意味合いも含まれているとも考えられます。また、それまでの世阿弥作の脇能は神が現れて御代を祝福する内容であったのに対して、「嵐山」は蔵王権現を登場させて悪魔を退けて国家を守る内容で、より現世利益を強調した作品となっています。